家族

 

りくの事、私達の気持ち、病児を抱える家族、付添い入院について、たくさんの方に知ってもらいたいので思いのままに書かせていただきます。

埼玉県立小児医療センターに入院してからの最初の1ヶ月、突然の入院生活の中で唯一の楽しみのご飯の時間。ご飯が来るのが遅いとお腹が空いてどうしようもなかったりくは、両手の点滴を固定する板で私達を叩いて必死に助けを求めていました。
ただただ抱きしめて”ごめんね”としか言ってあげられなかった。

朝お兄ちゃんを幼稚園に送り出してからすぐに面会へ向かい、お兄ちゃんの幼稚園のお迎えに間に合うように、”ママ、ママ”と泣くりくを看護師さん、保育士さんにお願いして病室を出る。

当時まだ2歳のりく、自分の言葉で自分の気持ちを伝えられてるかな、朝ご飯はちゃんと食べれてるかな、泣いてないかな、寝られたかな、離れてる時は常にこんな事を考える。

 

東京女子医科大学病院に転院して、24時間いつでもりくと一緒に過ごせる安心と、お兄ちゃんと離れる不安。

病室で少しでも離れれば医療センターの時のように帰ってしまう不安に襲われ大泣きをするりく。
泣くのは心臓にかなりの負担をかける、病院では静かにさせなきゃなどいろんなプレッシャーから、トイレに行くのも、シャワーに行くのも、食料を買いに行く事すら出来ず、最初の数ヶ月はりくの生活リズムを作り直す事と病室で仕事をする事に必死でほとんど覚えていません。

お空に旅立ったお友達、入退院を繰り返しながらも元気に過ごしていたお友達の急変、いろんな事を目の当たりにする入院生活。

体は元気でも心は限界に近かった。
私が不安そうな顔をしていたのか、りくにいろんな思いが伝わっていたのか、”ママ大丈夫よ。りくいるよ。”とぎゅっとしてくれる事が多かった。

そんな中、支えになっていたのは看護師さん、同じ病棟で頑張るお友達とそのご家族。
そしてSNSで出会ったたくさんの心疾患仲間。

病名は違くても同じ経験をしてきた仲間達の存在はとても心強く、不安で不安でどうしようもなかった時、皆さんに優しく声をかけてもらいました。

買いだめしたカップ麺や缶詰、パンばかりを食べていた私達を心配して、お弁当を作って来てくれていた大好きなお友達のおばあちゃん。
本当のおばあちゃんができたみたいで嬉しかった。

いつも私達を気にかけて優しく包んでくれているお隣の大好きなお友達のお母さん。
本当のお母さんのような存在。

外科病棟で入れ替わりが激しいなかでも、プレイルームで楽しく過ごし今も連絡をくれる仲間達。

本当に本当にりくにとっても私達にとっても家族のような存在です。
強くいられるのも、そんな心強い仲間が近くで支えてくれているからで、今は外に出る方が怖いです。

お兄ちゃんを外に遊びに連れて行ってあげることすら、お菓子を買ってあげることすらダメなんじゃないか、これから先も普通の生活を送らせてあげられないんじゃないか、寝ようとしても頭の中にはそんな事ばかり。

お兄ちゃんは夜が近づくと”みんな一緒がいい。”と数時間泣き続け、寂しさと闘っています。
私達はただただ抱きしめ、受け止めてあげる事しかできません。

病児を抱える家族、付添い入院で離ればなれの家族。
私達だけではなく、たくさんの家族がそれぞれいろんな思いの葛藤の中、毎日頑張っています。
病児育児、付添い入院の支援はほとんど整っていません。
病室から仕事に通っているお母さん、お父さん達もたくさんいます。

多くの人に知ってもらいたい。
私に何ができるだろう。